「 坂の街/サンフランシスコ@Hyde Stからの寄り道 」

SanFrancisco サンフランシスコ (CA)
06 /27 2008
私の父は若い頃、地元諏訪盆地にあった有力企業で一部上場を果たした『 ヤシカ(YASHIKA) 』というカメラ製造企業に勤めていた。
その当時、ヤシカの主力製品であったカメラの試作部門に配属しており、同僚であったN氏とはまるで兄弟のような間柄であったという。そのN氏は1960年にニューヨーク・ヤシカへ転勤移動となり海を渡って、その後40年間アメリカ生活を送った。2000年諸事情により母国日本へ戻ってきた方である。
父と私はこの方のご案内で過去にロサンゼルス ~ ラスベガス ~ サンフランシスコと西海岸を訪れ、随分とお世話になった事が思い出される。その中でもラスベガスのホテル・ミラージュ(Mirage)でこの方はVIP会員でありその高待遇には度肝を抜かれた。今となっては懐かしい思い出である。

話は脱線するが、かつて日本で話題となった「 NHKプロジェクトX 」という番組では、SONY(東京通信工業)が日系企業でアメリカへ初めて進出した企業と言われているが、実は1957年にYASHIKA(ヤシカ)が全米初進出日系企業である事を知る者は少ないらしい。
しかしながら、ヤシカは当時の経営者の不祥事により数年後に経営破綻する憂き目となる。
今回驚いた事の一つにアメリカ人は「 YASHIKA 」ブランドのカメラを知っている者が意外と多いと言う事である。アメリカでは知名度が高く、庶民に浸透しているという事が伺える。
その当時ヤシカは破竹の勢いでカメラの売り上げを全米で伸ばしたと言う。
現在は京セラに合併され、その後、京セラもヤシカ・ブランドを譲渡したと聞いている。

さて、そのN氏は、かつてサンフランシスコに2年程住んでいた事があったという。その場所が今回、私が泊まったハイド通り(Hyde St)にある、ノブ・ヒル(Nob Hill)Hotelの2ブロック下った所だという。そんな事を回想しながら太鼓道場式典翌日の22日は、ちょっと気ままに界隈を歩いてみようと思い、昼食を近くのカフェで済ませ、その後ハイド通り(Hyde St)沿いを散策する事にした。
過去数回ここサンフランシスコはプライベートで訪れているが、こうしてゆっくり一人気ままに出歩く事はなかった。
Nob hill 1

滞在先ホテルから北へ向かって坂道を登って下っておよそ20分、ロンバード通り(Lombard St)とハイド通り(Hyde St)が交差する丘に、ハリウッドの映画シーンでも有名な『ラッシャン・ヒル(Russian Hill)』がある。
Sign 1

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この丘の中腹からの眺望は最高で遠方右手にはピラミッド形の塔「トランスアメリカ・ピラミッド(Transamerica Pyramid)」が左手には「コイト・タワー(Coit Tower)」がその間の中央部には「ベイ・ブリッジ(Bay Bridge)」を一望する事が出来る。
TranAm 1

Coit 1

ここは車道となっており9つのカーブをジグザグに曲がる、ユーモラスな造りで紫陽花(アジサイ)の花が緩やかなカーブを色鮮やかに彩っている。また車道の両端には歩道が併設され上り下りする事も出来る。丘の頂から見るとそうでもないが、下から見上げると意外と急な坂道でいかにきついかはっきりと分かる。一度は車で降りてみたいものである。
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RH 1

それから、さらに北へ歩きフランシスコ通り(Francisco St)とリーベンワース通り(Leavenworth St)角にある、見晴らしのいい高台でアルカトラズ島(Alcartraz)を背景に写真を一枚撮ってもらった。
Stop 1

ALC 1

さらに下ると「アクアティック・パーク(Aquatic Park)」に辿り着く。
そこから全長約2.7kmの世界一美しいつり橋「ゴールデンゲート・ブリッジ(Golden Gate Bridge)」が遠方に見える。如何に長い橋か遠くからでもはっきりとわかる。
この日は雲と霧にかき消され、薄っすらと赤い雄姿が見えていた。
GGB 1

又この日の陽気は連日の暑さと打って変わって、あいにくの曇り空で風が強く気温も低かった。しかし、ここのビーチで3人程、海の中で泳いでいる光景が印象的であった。こちらへ到着4日目にして、サンフランシスコ特有の気候を肌身で感じた1日であった。
ホテルへ戻る途中の坂道から望めるゴールデンゲート・ブリッジも同様に雲と霧にかき消されていたが、ここからの眺望は美しくゴールデンゲート・ブリッジの重厚な橋桁をみる事ができた。
GGB 2

既に時刻は6時半を過ぎていた。
Kcar U 1

Kcar 1

ALC 2

改めてゆっくりとケーブルカー(Cable Car)の走るこのハイド通り(Powell-Hyde Line)を見て歩くと洒落た住宅が多い事に気が付く。出窓が多い住宅が多く採光を取り入れる工夫がされ空間が有効に使われている建築様式となっている。また外壁面も色彩豊かで、白を基調に、ピンク、イエロー、グレーと色鮮やかな街並みが整然としており、ケーブルカーの街並みにふさわしい落ち着いた雰囲気を醸し出している。カリフォルニア通り(California St)とハイド通り(Hyde St)角にあるスーパーマーケット「 CALA Foods 」に立ち寄り買い物をした。
やはりここ一帯は高級住宅街もあり、品揃えは豊富にあるが全般的に物価は高い気がした。
KcarAlc 1

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今回の「ちょっと寄り道」は、ホテルからの僅かな距離であったが、実際に歩いて見た街並みと眺望は、ここサンフランシスコの原型そのものを発見する事ができた散策であったと実感する。

そんな事を思い巡らしながら宿泊ホテルに戻り、明日の岐路に備え荷物をまとめ、早めに床に入った。

明日23日は14:00発サンフランシスコ空港(SFO)から成田空港(NRA)の便へ、そして成田空港の第二ターミナルからシドニー空港(SYD)へと、およそ20時間の空の旅となる。
エコノミー症候群には用心したい。
機中、出来るだけまめに体を動かそう・・・。

23日朝10:00の迎えの車に乗りこんだ。
大江戸助六太鼓・小林正道宗家ら面々もこの日のJAL便で日本へ帰るとの事で、田中誠一先生の下へ一緒に挨拶をして我々の再会を約束し、車をサンフランシスコ空港へ走らせた。
サンフランシスコ空港内の食堂で改めて、日本酒で契り(チギリ)を交わし別れを告げた。


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「 サンフランシスコ太鼓道場紀行 」

SanFrancisco サンフランシスコ (CA)
06 /27 2008
米現地時間6月19日、予定通り9:45amサンフランシスコ(SFO)空港へ着いた。

とても陽気が良く、この日日中25度位まで気温は上昇した。
この日サンフランシスコ特有の霧も見られず、清々(スガスガ)しい青空の下、早々迎えの車へ乗り、宿泊ホテルへ直行した。今回の滞在は自ら事前にホテルを予約しておいた。前回滞在時は太鼓道場生徒さん宅へお世話になったが、今回は私用もあったので自由に動ける事を希望し、丁重にお断りした経過があった。

到着の晩、太鼓道場の練習に合流した。今回の訪米目的はサンフランシスコ太鼓道場設立40周年式典参列の為であった。私も式典で空手道型の演武をする事もあり田中先生との打ち合わせ、そして、生徒達の前でリハーサルを兼ねて模範演武を披露した。
又、太鼓の練習中には大江戸助六太鼓の四段打ちで鉄筒でリズムを打ち、皆と稽古が出来た事にも感謝したい。
それから、ホテルへ戻ったのは真夜中の2時を回っていた。

翌日20日早朝は、時差ボケもあってかあまり熟睡も出来ずに目が覚めた。
ホテルでの朝食を済ませ、ダウンタウンの中心地「ユニオン・スクエア(Union Square)」へ向かった。確か以前ここへ来た時は工事をしていた場所であったかと記憶している。既に工事は完了し見事に整備された憩いの広場に様変わりしていた。昔の面影はまったく無い。この場所から「チャイナ・タウン(China Town)」へ足を向けた。途中ダウンタウンの「べーグル・カフェ(Bagel Cafe )」へ立ち寄り一服した。

サンフランシスコの中華街「チャイナ・タウン」は、中国国外で最も大きく又歴史のある中国人街と言われる。恐らくここの中国人移民は既に4世、5世の代を迎えている事だろう。移民中国人の活気に満ち溢れている。
途中右手眼下にはサンフランシスコの高層ビルが建ち並ぶ金融中枢街「ファイナンシャル・ディストリクト(Financial District )」の象徴であるピラミッド形の塔「トランスアメリカ・ピラミッド(Transamerica Pyramid)」を眺める事が出来る。ここの通りには、食堂、土産屋、食料品、床屋、そして銀行といった様々な店が建ち並んでいる様子に、中国人の原動力、又これから先の時代の趨勢(スウセイ)を感じ取りながら中国人の歴史や生活習慣を垣間(カイマ)見る事ができた。余談だが、シドニーのチャイナ・タウンはこう言った意味でも、むしろ「チャイナ・ストリート」と言った方が、わかり易い表現だと思う。
それだけに、サンフランシスコ・チャイナ・タウンの中国人移民者の熱気と規模の大きさに脱帽した。暫く界隈を歩き、その後ホテルへ戻った。

この晩の夕食は、日本から到着した、大江戸助六太鼓・小林正道宗家、宮本卯之助商店社長、田中先生方との会食を共にした。

明日21日は、サンフランシスコ太鼓道場創立40周年記念レセプション式典の日である。

式典当日も朝早く目が覚めた。ホテル内での朝食を済ませ、シャワーを浴びる。
そして、入念に体全体を解(ホグ)す。時間を掛けてのストレッチングは欠かせない。空手道型の演武に備え少し体を動かし調整し整える。
夕方5時にはホテルを出た。

式典会場はジャパンタウンにある「 歌舞伎ホテル 」である。2年前に来た時は、まだ「 都ホテル 」という名前であった。このホテル含め、日本街はオーナーが変わったという。
時代の流れと言うものか。やや寂しい気がした。

サンフランシスコ太鼓道場田中誠一総帥と御諏訪太鼓宗家である小口大八師の間柄であるが、田中先生にとっても私にとっても師であり言うまでもなく同門である。
その組太鼓創始創案者である小口大八師匠は太鼓以外で意外な物を組み合わせ和太鼓演奏に取り入れた第一人者でもある。小口大八師、自ら開発された鉄筒(テツヅツ)や、その他、ほら貝、拍子木、チャッパ、銅鑼(ドラ)・・・・・・と言った鳴物(ナリモノ)を多様に組み合わせる演奏方式を生んだ。
その田中先生はアメリカで粋な大江戸助六太鼓に出会い、助六スタイルもS・F太鼓道場に取り入れたという。耳慣れている御諏訪太鼓の代表曲「 飛竜三段返し 」もアメリカ田中式スタイルに編曲されリズミカルになっている。しかし、「信濃之国は一之宮の神としてたたえ奉る・・・・・・」といった祝詞(ノリト)を元来の御諏訪太鼓同様に演奏前に挙げられている事には大変感心した。
そして、アメリカならではのダブル鉄筒(テットウ)、この音はサンフランシスコ名物のケーブルカーの警笛の音にそっくりである。田中先生自ら、改良されたのかもしれない。その他、銅鑼、ほら貝、アフリカの木琴に似た楽器等を取り入れている。
元祖御諏訪太鼓スタイルは、しっかりと踏襲(トウシュウ)され受け継がれてきている。
また、田中先生はサンフランシスコ太鼓道場オリジナル曲も創られている。
まさに、これらが田中イズムである。
艱難辛苦を共にし、多くの試行錯誤の連続があり、このような爽快な新しいコンサートに気合いとリズムを生んできたのだと思う。
KITARO 1
(TUNAMIを打つ喜多郎さん)

式典冒頭、関係者各位で鏡割りが執り行われた。壇上には小生も呼ばれた。この時に乾杯の音頭をとられたのは、今回の式典に特別参列された、米音楽界最高峰グラミー賞を受賞しているシンセサイザー奏者の喜多郎さんである。誠に身に余る光栄である。感謝を申し上げたい。
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(日本に於いての喜多郎さんと御諏訪太鼓小口大八宗家 『阿修羅』 の芸術的共演は一世を風靡した。)

式典の半ばに差し掛かる頃、私は心からの祝福と感謝の気持ちを内に込め、階段のステップを一歩、二歩踏み、式典ステージに上がった。
そして、マイク席に歩み寄り一言大勢の聴衆の前で、まず今回の式典に御諏訪太鼓小口大八宗家家元が来れなかった旨を告げ、代わりに祝福の挨拶と簡単なスピーチをした。
そして、御諏訪太鼓一門大兄であり、日本武道の志を持つ武人でもあり、米国版無形文化財人間国宝でもある田中誠一先生にステージに上がって頂いた。

暫らくして、紋付袴姿の田中誠一先生の打つ太鼓が流れ始める。
鎮座の下、小生の日本武道・空手道の型 「半月(セイシャン)」の演武を開始する。
この瞬間の瞬間である。
「静と動また陰と陽」の氣の展開、
天地森羅万象の中、陰陽が生命を覆い尽くしそこから生まれる静動の氣がある。
満を持して田中誠一先生と小生による日本空手道と日本太鼓のコラボレーションが実現した。
恐らくこの様な機会はこの先無い事だろう。

今回の小生の参加は田中先生から頂いた一通の手紙からである。

実家先から、小口大八宗家にも同様の物が送られたと、宗家より見せて頂き経過を聞いた。
ただ一人「御諏訪太鼓」一門として参加させて頂いた事に心より感謝を申し上げたい。

直近の聴衆の中には、米音楽界最高峰グラミー賞受賞者の喜多郎さん、大江戸助六太鼓・小林正道宗家、宮本卯之助商店社長、サンフランシスコ領事館関係者、米大手日系企業各社の方々が列席されていた。
AISATSU 1

SEIZA 1

KAMAE 1

RYOTE 1

USHIRO 1

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束の間の数分間の演武ではあったが、快い緊張感と日本文化の融合を持って対峙する瞬間でもあった。
周囲からの大きな拍手に感謝すると共に、田中先生の健康にくれぐれもご自愛を申し上げたい。
誠に有難うございました。

合掌
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Ichii 1

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Essay 3

SanFrancisco サンフランシスコ (CA)
09 /25 2006

April,2006 at the U.S in California.

「桑港桜」


車は“桑港”ハイウェイを走っている。

S.F.空港への厳かな出迎え、車中左座席でハンドルを握る人物。
「太鼓(Taiko)」を確固たる芸術固有名詞として全米に確立浸透させた御大。 "米国政府指定重要無形文化財保持者"ゴッドファーザー北米和太鼓、組太鼓祖師、全米太鼓連盟会長、S.F.太鼓道場総長。

早々サンフランシスコ太鼓道場に立ち寄り、大太鼓を打たせて頂く。
その後2人でVetnamese Restaurantで昼食を済ませ、S.F.日本町へ向かった。

本年2006年、S.F.日本町が100周年を迎えたという。
ここサンフランシスコに日本町が 出来100年という記念すべき大きな節目の年、北加桜祭には多くの日系人2世、3世が顔を連ねた。 そして、世界的邦楽シンセサイザー奏者、喜多郎さんも参列されている。何を感じているのだろうか。 この場に田中先生、喜多郎さんと同席している事が不思議に感ずる。そして、何気なく普通に会話させて頂いている自分がここに居る。

S.F.太鼓道場メンバー構成10カ国以上の多民族総勢60名が日本太鼓に鼓舞する光景。そんな中、 私も一員として同じ舞台に立っている。魂が飛び交う、飛龍の如く。体の奥からにじみ出る”気”。やはり本心、気持ちは執念の深さを物語る。心を掴み奮い立たせる神道芸術日本鼓道とアメリカ田中式イズムのフュージョン。 一言パワフル且つダイナミック。やはり、執念の深さは師を思う気持ちか。その執着はとても厳格だ。

我を非として当う者は吾が師なり”田中先生”、師小口大八宗家との長幼序の道は尊貴。今回、米NBC11、 TVへの出演含めこの機会を与えて頂いた事に心より敬意を表し感謝したい。

合掌

御諏訪太鼓保存会  関口達夫



100th  Anniversary of San Francisco Japantown to 1906-2006.

The year 2006 is San Francisco's Japantown 100th anniversary of being in its current location. San Francisco's Japantown is the oldest Japanese community in the continental U.S. Only three Japantowns remain in California with the other two being in Los Angeles and San Jose.
The History of San Francisco's Japantown is beginning 1906.


From Grandmaster Seiichi Tanaka

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Message from Mr.Seiichi Tanaka.


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He is the Chairman of the American Taiko Federation.
He was recognized by the National Endowment for the Arts and received the 2001 National Heritage Fellowship (N.H.F) from President Bush this most highly coveted award is widely recognized as one of American's highest honors in folk and traditional arts.
He has also been recognized by the Japanese Minister of Foreign Affairs and received the Foreign Minister's Commendation this year.
In addition, Grand Master Tanaka and San Francisco Taiko Dojo has been featured in four major motion picture movies-Phillip Kaufman's "The right Stuff", and "Rising Sun" starring Sean Connery and Wesley Snipes, George Lucas "Return of the Jedi", and Francis Ford Coppola's "Apocalypse Now".


From KITARO.


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KITARO(喜多郎) world-renowned composer and multi-instrumentalist.
Kitaro won a 1994 Golden Globe Award for Best Original Score in Oliver Stone's "Heaven and Earth" and 2001 Grammy Award for his album "Thinking of you" The 12-times Grammy-nominated artist is respected for his ability to merge the finest of Eastern and Western cultures and traditions in his New Age music.

The 2006 Northern California's Cherry Blossom Festival which part of this year's 100th Anniversary of Japantown's Peace Plaza.

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Photo by Ryuma Tanaka



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天空

シドニー不動産 ☆ 天空(雅号): http://www.heiseirealty.com.au/

これまでオーストラリア NSW州政府公認 法人免許 総合不動産会社としてシドニーを中心に幅広い分野で海外移住のサポート、事業投資、日本の企業、個人を問わず様々な方々と多岐にわたる事業を通じて和食レストラン出店開業・飲食店の立ち上げのお手伝いをしてきております。
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■■■ 旅人☆旅先のシドニーでおいしい!かわいい!!カフェ・レストラン・ファッションとローカル情報いっぱい満載! ■■■


【単独全米48州&全豪一周車で御諏訪太鼓と共に走破!!】

■現在SYDNEY在住の日本男児、信州 郷里 御諏訪太鼓の里より地道な本能的演奏活動を展開中~ 進むべき道を切り拓く、
その土地の香り、そこの風、そこの風景、そこでの出会い縁、
“ 御諏訪版水戸黄門/遍路風土風情録 ”島から大陸へ大陸から島へ行ったり来たり.... の道標“みちしるべ”■
合掌

Photo by Helen @Ayers Rock, Uluru-KataTjuta National Park
on Sep/2006.  (AUSTRALIA : オーストラリア連邦国)



■~ 信濃之国一之宮諏訪大社奉納 無形文化財 御諏訪太鼓を奏する旅 ~■

【車の荷台へ太鼓を積み最寄の町“Alice Springs”から南へ500km車を走らせる・・・】

眼前に広がる赤土の景観と大地の営みに感動 .......

そこは【世界の中心】あるいは
【地球のへそ】と呼ばれている場所である◆世界最大の一枚岩と言われる通称エアーズ・ロック◆そこはオーストラリア大陸中央部に位置する場所・・・

■~ 諏訪人の雄叫び 元祖 御諏訪太鼓 奏■

【世界初、前人未到、非公開、立ち入り禁止区域で特別プレゼンターの誠意によって決まった御諏訪太鼓の披露
■*** UNESCOユネスコ世界遺産 ***■
☆聖域ウルル・カタジュタ国立公園内、アボリジニ先住民の“聖地”に於て☆
世界最大の一枚岩の神秘、大地の恵みと共に元祖 御諏訪太鼓以奏ス】

【天地ノ鼓以心拠為、
やろうとして心働かせれば、そこに心止まる....... 静
以て、水溜まれば下に流れる・・・。
転がる石に苔付かず、
流れる水は腐らない....... 動】

【In 2008, the distance between Sydney, Australia and Los Angeles, California, U.S.A is 7,487 miles (12,049 km). Logged over 40,000kilometres from their front gate in Sydney to North America as U.S.48states, Canada and Mexico on a 55days own road trip】......◆全米・全豪☆独走、独創、独奏、独道の旅路☆本来無一物 謝謝◆

*** 皆様に、シドニーの★かわいい!おいしい!いいじゃん!etc 話題情報満載のご提供をドンドンします!!

・・・日本伝統神道芸術■和太鼓■をもっと身近に感じられるブログにしていきたいと思っておりますので、宜しくお願い致します。***



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